完成期指《枕草子》《源氏物语》问世之前的时期,还包括有《紫式部日记》《和泉式部日记》等,为假名文学的最高峰。这一时期的假名文包括实用文的假名文和文学表现的假名文两类。平安中期以后的官家日记及书信等变体汉文中也开始掺加了假名文的书写表达方式,如藤原公任所书《北山抄》(996-1004)的一部分纸页背面就有如下文句:
挙回有如然事は、あしかるへしとな宣けるを、
此文本显示,变体汉文中混用的不是初期那样的草体假名,而是假名书写的假名文。在藤原道长(996-1027)的《御堂关白记》等平安中期以后的朝臣日记中也时常混用有假名书写会话的假名文,这说明在知识阶层中已形成如此意识,就是即使是在不以女性为对象的文本中,假名文仍可用于私事文章的书写。下面再来看一段同是《北山抄》纸页背面的假名书信:
あやしきうしのごときは、さ
てはべりし、いかになりはべり
けむ、御返もはべらぬが、おぼ□□
なく。はづかしきやうなること□
はべれど、このふみのさまごらむじ、
さべきことならば、御使にはべ
るかどのをさに、さるまじ□□□
せごとはべりぬべくやとて。□□
のゆづりにて、官符な□て
□□たうも、よつ□なる
文学表现的假名文特征为:
(1)以宫廷女性为中心日常交流用语与训读语、男性用语之间分界确立,其各自的特点和效果在文章中得以发挥。《かげろふ日記》中存在的训读语“きはめて”“そもそも”“いはむや”“おほし”“ごとし”等表明还有未分化的一面。
(2)人物心情表达异常丰富。在会话文、书信文、心理表现文中大量使用感动、希望、疑问词,并好用话说半句的表达形式,因此,助词、副词、感动词、体言终止的句式随处可见。用系助词表现强调的句法从《土左日记》到《かげろふ日記》再到《紫式部日记》逐渐增多。
(3)脱离口诵的常套形式。在引用会话文、思想的内容、和歌前所用的指示说明融入叙述文中,不作特别提示:
つねにいふことは、「おのれをおぼさむ人は、歌をなんよみてえさすまじき(中略)」などいひしかば、
(《枕草子》八四)
「あはれ、つかうまつれるかな」と、ふたたびばかりずせさせ給ひて、いととうのたまはせたる。
あしたづのよはひしあれば君が代の千歳のかずもかぞへとりてむ
(《紫式部日記》)
从叙述文到会话、诗歌,或从会话、诗歌到叙述文的连接极具有机的流动性。
(4)句子之间的连接要素比较少。假名文的一个有特点的表现方式就是主观地把握事件(内面描写),连接要素不是一句一句地表现,而是放在观点变换的节点或段落的开头。其结果就形成独立语段的句子出现率偏高,在《源氏物语》里独立语段的句子甚至达到了90%。
(5)不表示主语,格的形式模糊,而且夹杂插入句、叙述的连体化等复杂的长句式增多。这种特征乃是缘于作者(讲述者)与读者(听者)共处一个心理空间成为了可能,这种一体感催生了《和泉式部日记》那种抒情文的文体:
風のをと、木のはののこりあるまじげに吹たる、つねよりも物あはれにおぼゆ。ことごとしうかきくもるものから、たゞ気色ばかり雨うちふるは、せんかたなくあはれにおぼえて
秋のうちはくちはてぬべしことはりのしぐれにたれが袖はからまし
なげかしとおもへどしる人もなし。草の色さへみしにもあらずなりゆけば、しぐれんほどのひさしさもまだきにおぼゆる、風に心ぐるしげにうちなびきたるには、たゞいまもきえぬべき露のわが身ぞあやうく、草薬につけてかなしきまゝに、おくへもいらでやがてはしにふしたれば、つゆねらるべくもあらず。
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