談話の構成要素として、佐久間(1987)は「話段」を提唱した。佐久間の主張を支持し、ザトラウスキー(1993)は勧誘の談話から「勧誘の話段」「勧誘応答の話段」を認定し、「話段」という単位を設定することの有効性を明らかにした。さらに、ザトラウスキー(1993)による「話段」の定義および認定基準を応用し、依頼談話の分析に「話段」という単位を用いた研究として、猪崎(2000)と柳(2012)がある。
2.3.1.1 「文段」という概念
市川(1978)は書き言葉の分析単位として、「文段」をあげ、次のように定義している。
文段とは、一般に、文の内部の文集合(もしくは一文)が内容上のまとまりとして、相対的に他と区分される部分である。「文段」は、改行によってではなく、前後の文集合(もしくは一文)が、内容上なんらかの距離と関連を持つことによって区分されるのである。
(市川1978:126)
「文段」という概念の必要性と特徴について見てみよう。文章構造の分析観点において、文を基本的な単位とするのは、永野(1986)の「連接論」「連鎖論」「統括論」に代表されている。この三つの分析の観点の鍵概念である「統括」について、永野は以下のように概念規定している。
「統括」とは、文章を構成する文の連続において、一つの文が意味の上で文章全体を締めくくる役割を果たしていることが言語形式の上でも確認される場合、その文の意味上形態上の特徴をとらえて文章の全体構造における統一性と完結性とを根拠付けようとする文法的観点である。
(永野1986:315)
永野(1986)は、文章の構造を個々の文のつながりとして捉え、文間や段落間の接続による「文の連接関係」、主語や陳述、主要語句の連鎖による「文の連鎖関係」を把握することによって、文章の構造を微視的に分析している。また、上述した「統括」の概念規定からも分かるように、文章全体の締めくくりとしての「一つの文」が注目されている。しかし、実際には永野(1986:318)自身も、「一つの文章は全体として一つの文(ないし段落)によって統括されると同時に、部分として統括されるものを含んでいる場合が少なくない」と指摘しているように、「統括の重層性」が問題にされている。この問題を解決するには、文と文章の中間に、「文段」という単位を設けることが必要である。
佐久間(2006:67)は「文段」という単位の設定で、文章の多重構造が解釈できたとしている。
文と文章の中間に位置する「文段」は、意味の関連するより大きな「話題」のまとまりを表す複数の文段が、「連段」(「大文段」「大段」)を形成し、最終的に文章中の文段や連段が統括し合って、最も大きな「主題」のまとまりによる文章の多重構造を成立させる。
(佐久間2006:67)
さらに、佐久間(2003)は文章の締めくくる役割を担う「一つの文」について、「主題文」と「中心文」という二つの概念に分けて、「統括の重層性」を以下のように述べている。
文段の主な内容を端的に表す文を「中心文」、文章全体の主題を表す文を「主題文」として区別した。通常、文章は主題の統一のある複数の連段から、文段は話題の統一のある複数の連文からなる。「話題」とは、一つの文段で取上げる主な意味内容の表現であるが、中心文と主題文は、大小様々の話題をまとめる「統括機能」を有している。文段の話題の規模や頻度、各文段の文章を展開する機能に応じた相対的な統括力があり、文章中で最大の統括力を有する中心段の主題文が文章全体をまとめて完結させる。
(佐久間2006:67)
以上のように、文と文章の間に位置付けられた「文段」という単位は、大小様々の話題をまとめて、文章の多重構造を成立させるものである。
2.3.1.2 「話段」の提唱
佐久間(1987:103)は「文段の概念の必要性は、話し言葉の文章構造を対象とする際により重要なものとなる」として、「話段」という単位を提唱した。
佐久間(1987:102)は、南(1981)の「談話の単位」を認定する手がかり8種類[1]のうち、「かなりのものが文段の認定基準としてみなすことができる」としている。特に、「改行などの目印を持たない音声資料」においては、「これらの観点を総合して分析することで、その単位文段を認定する必要がある」とした上で、文段が、「独話·対話·会話のいずれにも不可欠な文章の成分」であることを主張している。
また、佐久間(2002:81)では、3人の会話の38発話から、2話段、17小話段を認定し、「音声言語の談話資料の中にも、文章の話段に相当する言語単位の『話段』が存在するのは、確かである」と自らの主張を検証した。また、「話段」の特徴として以下のように指摘している。
各話段の内部には、実質的な発話とあいづち、情報要求の疑問と情報提供の応答の発話が、交互に組み合わさって発話連鎖を作り、提題表現と叙述表現が対応して、小話題の統括機能を発揮する。〈中略〉話段は、発話権をもつ話者の実質的発話や質問で始まり、他の参加者のあいづちか応答で終わる。これは参加者の役割分担のある談話や対話の場合にも共通する傾向だといえよう。
(佐久間2002:81)
さらに、佐久間(2000:69)では、「文段」と「話段」の総称となる「段」の構成要素について次のように述べている。
文章·談話の主要な成分としての段を構成する言語要素は、厳密には、「文」ではなく、提題と叙述からなる「題述関係」を成立要件とした、話題の統括機能を備えた「情報単位」で、「節」に近いものだと考えられる。
(佐久間2000:69)
以上のように、佐久間は話しことばにおいて文章の文段に相当する「話段」という単位を設定することを提唱し、実際の談話資料を分析することによって、自らの主張を検証しながら、談話における「話段」の特徴を指摘した。
ザトラウスキー(1993)は佐久間の提唱を支持して、「話段」という単位を日本語による勧誘談話の分析に応用し、「話段」による談話構造の分析の有効性を検証した。
ザトラウスキー(1993)は電話での「勧誘談話」を中心に日本語の談話構造を分析する際に、従来の会話分析で会話の構成単位として認められる単位「ターン(turn)」·「応答ペア」·「先行発話連鎖」などの局部的な単位や、「開始部」·「話題の連鎖」·「終了部」などのかなり上位の大きい単位だけでは、会話の展開の仕方を説明しきれないことに気づき、「応答ペア」や「先行発話連鎖」のような小さい単位と、「開始部」や「話題の連鎖」のような大きい単位の間に、新たに中間的単位を設定する必要があると指摘し、「話段」という単位を談話分析に導入した。
「話段」とは、一般に、談話の内部の発話の集合体(もしくは一発話)が内容上のまとまりともつもので、それぞれの参加者の「談話」の目的によって相対的に他と区分される部分である。
(ザトラウスキー1993:72)
また、ザトラウスキー(1993)は具体的な会話例を用いて、「話段」という概念の発想を説明した。
(3)(ザトラウスキー1993:71)
1C 映画にいきませんか?
2R 今日はちょっと…
ザトラウスキー(1993)は、従来の勧誘談話の分析では、(3)のような「勧誘」(1Cの発話)と「応答」(2Rの発話)からなる「応答ペア」という発話レベルで分析されるが、実際の談話を見ると、(3)の1Cと2Rの発話にそれぞれに相当する部分が往々にして数個の発話からなると指摘し、「話段」についての発想を次のように述べた。
本研究で設定した「話段」は、2つの発話からなる「応答ペア」を発話の発話集合に当てはめようとしたものであり、それぞれの発話集合を「勧誘の話段」、「勧誘応答の話段」とすることで、発話がどのように関係付けられているかをとらえることができる。
(ザトラウスキー1993:71)
さらに、従来の言語単位と比べ、「話段」という単位の性質について次のように指摘している。
この単位は、従来の言語単位、つまり音素·形態素·文などの単位がただ単に組み合わされたものではなく、コミュニケーションの過程を含む動的な単位である。会話の参加者が相互に協力して作り上げるものであるため、従来の言語単位のように、構造が定まっているものとは違い、その大きさも一定していない。
(ザトラウスキー1993:85)
以上のように、ザトラウスキー(1993)は「話段」という単位を実際の談話構造の分析に応用し、談話分析における「話段」という単位の具体像および特徴を提示した。ザトラウスキーの論述から、以下の2点が導かれる。
第一に、ザトラウスキー(1993)は「話段」は構造が定まっていない、動的な単位であるとしている。すなわち、「話段」という単位は従来の言語単位と異なり、予め決まった単位の枠に当てはまるものではなく、参与者のやり取りによって、談話における「話段」という単位が具体化されるのである。そのため、「話段」という単位は音声言語とする談話の実現の過程を記述する手がかりとして相応しい。
第二に、ザトラウスキー(1993)の「話段」の特徴として、話題·発話機能·音声面のほかに、「メタ言語的発話」なども挙げて、「話段」の認定には言語形態的指標が関与していることが挙げられる。この結果は、佐久間(1987、1989)の指摘を検証するものとなっている。
ザトラウスキーの提言を受けて、「話段」の応用を拡大して、「話段」による相談談話の構造分析(熊田1996、鈴木1997)や「話段」による依頼談話の構造分析(猪崎2000、柳2012)が見られた。本小節では、本研究と関連があることから、「話段」を用いて依頼談話について研究を行った猪崎(2000)と柳(2012)を紹介する。
2.3.3.1 猪崎(2000):日仏語における依頼談話
「話段」という単位について、猪崎(2000:132)は「『話段』という概念がすべての日本語会話の分析に有効であるとは限らないが、勧誘や依頼の談話のような隣接応答体系がかなり明確な場合に、談話の展開メカニズムを観察するには適当である」と述べた。
そして、猪崎(2000)はザトラウスキー(1993)による「話段」という概念を依頼会話の分析に取り入れ、日本語とフランス語の依頼談話におけるストラテジーの相違を究明するため、日本人とフランス人日本語学習者による母語場面および接触場面における依頼談話を分析した。
そのようにして、談話の展開メカニズムを調べたところ、日本人の場合は日本人同士であれ、接触場面であれ、〈依頼の予告〉[2]〈依頼〉〈依頼応答〉の展開になるが、フランス人の場合はフランス語場面でも接触場面でも、〈依頼の先行発話〉〈先行発話応答〉〈依頼〉〈依頼応答〉の展開になることが明らかになった。そして、猪崎によれば、この相違が談話ストラテジーの選択にも影響を与えるという。例えば、日本人は「メタ言語発話」により依頼を予告し、その背景事情を「~んだけど」により説明することで被依頼者の理解を期待し、最後に依頼を受諾してくれることを被依頼者の好意に訴えるが、フランス人の場合、〈先行発話〉での「間接的発話」により被依頼者が依頼を推測してその申し出をするストラテジーが好まれる。また被依頼者のストラテジーについて、日本人は相づちを含む「感情を表す注目表示」により依頼者の発話を評価し、この「注目表示」に会話への参加態度が示され、依頼者はこれを手がかりに続く発話を調整するが、非母語話者にはこれを的確に解釈して応答することは難しいという。
2.3.3.2 柳(2012):日韓語における依頼談話
柳(2012)はロールプレイの手法を用い、日本人母語話者同士と韓国人母語話者同士によって行われたそれぞれの依頼談話を収録し、「話段」という単位で日韓両言語の依頼談話の構造について分析を行った。
分析の結果として、次のことが述べられている。
依頼談話にどういう話段がどういう順番で現れたかを分析した結果、話段の出現には一定の規則性が見られ、この話段の組み合わせによって談話の構造を類型化することができた。
依頼談話の構造には、『依頼』[3]『依頼応答』『収束』の3つの話段によって成り立っている「基本型」をはじめ、「反復型」、「条件調整型」、「交渉型」などがある。これらの構造パターンは、依頼内容や上下関係など最初から決まっている要因によって各構造が決まるのではなく、依頼者と被依頼者のやりとりによって決まる。
(柳2012:270)
また、日本語と韓国語を対照して、柳(2012:271)は両言語による依頼談話の構造のパターンは同じであるが、言語によって好まれる構造のパターンがあると指摘した。
2.3.3.3 まとめ
ザトラウスキー(1997)に続いて、猪崎(2000)と柳(2012)の研究結果は談話分析における「話段」という単位の有効性を検証した。また、対照分析を通して、「話段」という単位を日本語以外の言語による談話の構造分析にも応用できることを示した。そのため、本研究では、日中両言語における依頼談話の構造を分析するにあたって、「話段」という単位を導入し、中国語による談話の構造分析への応用を試みる。
ここまで、「話段」に関する先行研究の成果を述べてきた。なお、先行研究について、以下のような問題点を指摘することができる。
ザトラウスキー(1993:85)は「話段」を「コミュニケーションの過程を含む動的な単位」として捉えているが、談話分析において、「話段」の種類、特徴およびその出現順序によって談話の構造を分析するのみでは、「話段」内部におけるその「動的」な過程が観察されていないと考えられる。そこで、本研究では、「話段」の下単位として「小話段」[4]という単位を設けて、依頼者と被依頼者の細かいやりとりを観察し、「話段」の内部構成および動的な流れを考察する。
もう一つ、ザトラウスキー(1993)は「話段」の認定に言語形態的な指標が関わっていると指摘し、勧誘談話を分析した際、「メタ言語的な発話」を例として取り上げた。猪崎(2000)は依頼談話の分析において、「メタ言語的な発話」「あいづち」を「話段」の認定に関わっていると指摘した。一方、ザトラウスキー(1987:86)は、「談話型」教授法に向けて、「実際の話し言葉の資料で行なったディスコース分析において、相づちやためらい表現、倒置文、接続語句等の機能についてもっと検討すべきである」と主張した。そこで、本研究では、依頼談話における「話段」の認定に、どのような言語形態的な指標が関わっているか、またどのように関わっているかという問題を視野に入れて考察する。
注释
[1] 南(1981:94)によれば、内容的な面と形の面という両方から談話を認定する手がかりとして、次の八つのものが考えられる。すなわち、「表現された形そのもの」「話題」「コミュニケーションの機能」「表現態度(フリ)」「参加者」「使用言語」「媒体」「全体的構造」という八つの手がかりである。
[2] 猪崎(2000)では、それぞれの「話段」を〈〉で表している。
[3] 柳(2012)では、それぞれの「話段」を『』で表している。
[4] 「小話段」という概念は本研究によるものではなく、能田(1994、1996)による提案である。能田(1994,1996)はテレビ番組の「一回分の放送全体」を「談話」として捉え、4種の下位単位として、「大話段」「話段」「小話段」「発話」を認定した。本研究では、「談話」の捉えかたは熊田(1994、1996)と異なるが、談話の構造が多重構造を本質とすることから、「小話段」という概念を用いた。
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