本節においては、先行研究をもとに、「発話」と「発話機能」という2つの概念の定義付けを行った上で、本研究における「発話機能」の分類を紹介する。
「発話」は談話の発話状況と緊密に関連し、音声によって区切られるため、談話の参加者同士のやり取りを追うには非常に明快な手がかりだと思われる。そのため、本研究は、ザトラウスキー(1993)と同じく、「発話」を談話全体の基礎単位として認める。なお、鈴木(2007:51)に指摘されたように、二人以上の会話では、ほかの参加者が非言語行動であいづちを打つ場合もあるため、「発話」の認定を行なう際に、杉戸(1987)の定義に、一つの基準を加える(波線をつけた部分)。
「発話」:一人の参加者のひとまとまりの音声言語連続(笑い声や短いあいづちも含む)で、他の参加者の音声言語連続(同一)とかポーズ(空白時間)によって区切られる。なお、他の参加者が非言語行動であいづちを打つ場合もあるため、ほかの参加者のひとまとまりの音声言語連続で遮られなくても、一人の参加者の音声言語連続に文の終わりの下降イントネーションなどが見られた場合も、一発話として認める。
次に、談話における談話参与者の参加態度を見るため、「発話」を以下の杉戸(1987:88)の規定に従い、「実質的な発話」と「あいづち的な発話」に2分類する。
「あいづち的な発話」
先行する発話をそのままくりかえす、オーム返しや単純な聞き返しの発話。「エーッ!」「マア」「ホー」などの感動詞だけの発話。笑い声。実質的な内容を積極的に表現する(たんなるくり返し以外の、名詞、動詞など)を含まず、また判断·要求·質問など聞き手に積極的な働きかけもしないような発話。
「実質的な発話」
「あいづち的発話」以外の発話。なんらかの実質的な内容を表す言語形式を含み、判断、説明、質問、回答、要求など事実の叙述や聞き手への働きかけの発話。
杉戸(1987)によれば、「あいづち的な発話」の多少を見ることによって、それぞれの談話参与者の参加態度を考察することができるという。すなわち、「あいづち的な発話」の回数を一人の話者の発話総数で割って得られる比率の数値が高いほど「あいづち的な発話」を多く発して談話に受動的に、逆に低いほど「実質的な発話」を多くして談話に能動的に参加している。本研究では、杉戸の主張を支持し、談話参与者の談話に参加する態度と「あいづち的な発話」の使用率との対応関係を以下の図4-1のように具体的に規定する。
図4-1 「あいづち的な発話」の使用率と談話参与者の参加態度の対応関係
図4-1に示したように、本研究では、「あいづち的発話」の回数が一人の話者の発話総数に占める比率の数値と談話参与者の参加態度との対応関係を規定した。表4-1は本研究の捉え方を示している。
表4-1 「あいづち的な発話」使用率と参加態度の対応関係
(小数点以下は四捨五入する)
上述した論拠に基づき、日中両言語における依頼者と被依頼者の参加態度を、①談話全体に見られる参加態度、②依頼談話の各話段に見られる参加態度、③参加態度による共同作業の様態という3つの視点から考察する。
第2章で示したように、会話には会話の構成に貢献している一群の表現がある。すなわち、「接続表現」「メタ言語的発話」「フィラー」のような言語要素である。これらの言語要素は往々にしてほかの発話、特に実質的な発話に含まれているが、談話の構成に関わる〈談話標識〉と言われる機能を持つものとして無視できない存在である。これを意識した上で、本研究は、ザトラウスキー(1997)と山岡(2008)による「発話機能」の定義を拡張し、本研究における「発話機能」を次のように解釈する。
「発話機能」:話者がある発話を行う際に、その発話が談話において果たすコミュニケーション上の機能を概念化したものである。また、コミュニケーション上の機能は発話が聴者に対して果たす対人的機能と発話が談話の進行に対して果たす構成的な機能という2つの側面を持っている。
次に、ザトラウスキー(1997)の分類を再検討しながら、依頼談話における「発話」について「発話機能」の分類を行う。表4-2は本研究における「発話機能」の分類を示している。
表4-2 「発話機能」の分類
表4-2に示したように、本研究はザトラウスキー(1997)を参考にしながら、依頼談話における発話を分析した結果によって、「発話機能」を4類13種に分別した。また、ザトラウスキーの分類と区別するため、本研究で新しく設定した「発話機能」の下に下線を引いた。
以下、実例を通して、本研究における「発話機能」のそれぞれの定義と用法を述べる。なお、「発話機能」の定義について、先行研究をそのまま引用した場合、引用文献と引用した箇所を内容の後に明記する。
4.1.2.1 要求
「要求」類系の発話について、ザトラウスキー(1997)の6分類に対して、本研究はそれぞれの発話が求める内容によって、〈注目要求〉〈情報要求〉〈行為要求〉〈意見要求〉〈言い直し要求〉という5種の発話機能を設けた。
1)注目要求:相手の注意を引くためのフィラーや呼びかけの発話。
(1)1X:ねえ、【JY3pの名前】。 ←注目要求(日No.2 JXF3)
(2)1X:あ、あのさあ。 ←注目要求(日No.3 JXF4)
(3)1X:诶,哥们,是这样,这样。 ←注目要求(中No.1CXM1—CY1p)
(ねえ、俺の親しい同輩、こういうこと、こういうことだよ)
2)情報要求:客観的事実について情報を求める発話。
(4)12Y:なん、な、えっ、いつまでとかある? ←情報要求(日No.1 JY1p)
13X:今週中↑。
3)行為要求:相手の単独行為や共同行為を求める発話。
(5)6X:で、なんか、やってくれる? ←行為要求 (日No.7 JXF7)
4)意見要求:相手の考えを尋ねる発話。
(6)8X:頼んでもいい? ←意見要求(日No.3JXF4)
(7)11X:何時ぐらいだったらいい? ←意見要求(日No.3 JXF4)
5)言い直し要求:先行する発話がうまく取れなかった場合の発話。
(ザトラウスキー1993:68)
(8)3X:あの、学院に友達がいて、
3Y:えー?。 ←言い直し要求(日No.9 JY10s)
4X:学院↑//大に友達がいて、 ←言い直し(日No.9 JXF10)
4Y: あ、はいはいはい。
4.1.2.2 提供
談話の相手に向けて自ら何かを伝える発話あるいは相手の「要求」類型の発話に対して答える発話を「提供」類型に入れた。また、それぞれの発話の性質によって、すなわち事実の報告であるか、考えや態度の説明であるかによって、〈情報提供〉〈意志表示〉〈意見表示〉〈言い直し〉という4種の発話機能を設けた。
1)情報提供:客観的事実を伝える発話で、客観的事実に関する質問に対する答えも含む。
(9)2X:えーと、わたし今日本語教育のー//友達に頼まれて、 ←情報提供(日No.17 JXF1)
2)意志表示:約束、申し出、これからしようとすることなど、話し手の未来の行動を表す発話。被依頼者の依頼に対する「承諾」なども含まれる。(柳2012:52)
(10)27X:じゃあ、そういうふうに言ってみる。 ←意志表示(日No.8 JXF9)
(11)19X:本当に二、三十分で終わるんだけど、
20X:大丈夫そう?
19Y:大丈夫です。 ←意志表示(日No.34 JY1j)
3)意見表示:話し手の考えを表す発話。
(12)7X:何時だったらいい?
7Y:うーんとね、金曜日ならきほんー、いつでも。 ←意見表示(日No.37 JY4j)
4)言い直し:〈言い直し要求〉に先行する発話を繰り返す、あるいは、多少言い換えてもう一度述べる形の回答である。(ザトラウスキー1993:68)
実例として、前述(8)の発話4Xを参照されたい。
4.1.2.3 受容
本研究では、「受容」の類型については「受容」という用語を創ったザトラウスキー(1997)にならって、〈注目表示〉〈関係作り〉という2種の発話機能を設けた。しかし、〈注目表示〉という発話機能の理解はザトラウスキー(1993,1997)と以下の2点で異なる。
まず、本研究では、「実質的な発話」と「あいづち的な発話」を区別し、「あいづち的な発話」のみを〈注目表示〉という機能で分析する。ザトラウスキー(1993,1997)は〈注目表示〉の下位項目に〈h否定〉を設定したが、そのような発話は相手の「感謝」や「陳謝」に対する礼儀を示す表現であるため、「あいづち的な発話」ではないと判断した。
次に、本研究では、フィラーという発話要素も考察の視野に入れたため、フィラーとあいづちを区別し、相手の発話への反応のみを「あいづち的な発話」と規定した。そのため、本研究における〈注目表示〉という発話機能は、ザトラウスキー(1993:68)による定義に修正を加え「相手の発話·相手の存在」を認識したことを表明する発話に限定する。そのため、ザトラウスキー(1993,1997)の〈注目表示〉における下位項目〈k自己〉、すなわち、自己への注目という下位項目を外す。
具体的には、本研究における「受容」類型の発話機能は以下のようになる。
1)注目表示
注目表示は、相手の発話、相手の存在などを認識したことを表明するあいづち的な発話である。具体的な分類およびその定義はザトラウスキー(1993)に従うが、上述した理由で項目のhとkを外す。まず、ザトラウスキー(1993)による注目表示を紹介し、その後、本研究の依頼談話からそれぞれの注目表示に対応する具体的な例を取り上げる。
a.〈継続の注目表示〉 先行する発話に暗示された意味を認めないまま、単に話を継続させる。
b.〈承認の注目表示〉 先行する発話に暗示された意味を認める。
c.〈確認の注目表示〉 先行する発話の繰り返しによる確認、またはそこから導かれる結論を確認する。
d.〈興味の注目表示〉 興味や関心を示す。
e.〈感情の注目表示〉 感情を示す
f.〈共感の注目表示〉 相手と同じ感情を抱いていることを示す。
g.〈感想の注目表示〉 相手が言った事柄に対して感想を述べる。
h.〈否定の注目表示〉 「感謝」、「陳謝」などを打ち消す。
i.〈終了の注目表示〉 話を終了してもいいことを示す。
j.〈同意の注目表示〉 上記のa~iを受ける発話の機能。
k.〈自己注目表示〉 自分で自分の発話に相づちをうつ。
(ザトラウスキー1993:70 消線は筆者による)
(13)4X:で、それをー、
2Y: うん。 ←〈注目:継続〉
5X:来週↑、
3Y: うん。 ←〈注目:承認·継続〉(日No.2 JY3p)
(14)1X:あのね、えーと、日本語教育↑//の[ほう]があるんじゃ。
2Y: うん。 ←〈注目:承認〉(日No.1 JY1p)
(15)18X:場所どこだったらいい?
17Y: 場所? ←〈注目:承認·確認〉(日No.3 JY4p)
19X: うん。←〈注目:同意〉(日No.3 JXF4)
(16)1Y:えっ、なに?、アンケートみたいなやつ?
3X:そうそうそう。
2Y: へーーー。 ←〈注目:興味〉(日No.7 JY8p)
(17)17X:2人の都合のいい時にやってほしいって感じ//なんだけど、
19Y: すごい。 ←〈注目:感情〉(日No.9 JY10p)
(18)12Y:で、10分間ずっと喋ってるの、結構(笑いながら)長く//ない?
16X: (笑い)そうですね。 ←〈注目:共感〉(日No.29 JXM15)
(19)20X:なんか、大学の生活についての会話。
22Y: すごい素敵な会話。 ←〈注目:感想〉(日No.9 JY10p)
(20)27X:じゃあ、そういうふうに言ってみる。
22Y: うん。 ←〈注目:同意·終了〉(日No.8 JY9p)
2)関係作り
関係作りは、人間関係を明言する発話で、また「感謝」や「わび」などのような、より良い人間関係を作る発話およびこれらの発話に対する応答も含まれる。具体的には、以下の8種類のものを見出した。なお、言語別に見ると、中国語によるこの機能のバリエーションとなる下位項目は日本語よりはるかに豊富である。
a.〈あいさつ〉 日常的な挨拶の発話、日本語における定型表現も含む。
(21)18X:じゃあ、お願いします。 ←関係作り:あいさつ(日No.1 JXF1)
b.〈感謝〉 感謝の意を表す発話。
(22)19X:ありがとう。 ←関係作り:感謝(日No.2 JXF3)
c.〈詫び〉 陳謝の意を表す発話。
(23)20X:ごめんね、//ありがとう。 ←関係作り:詫び+感謝(日No.39 JXF6)
d.〈ほめ〉 相手をほめる発話。
(24)17X:【CY3pの名前】,你太好了。 ←関係作り:ほめ(中No.3 CXF3)
{【CY3pの名前】、あなたは本当に優しい/いい人}
e.〈親密〉 相手との関係が親しい·仲良いと明言する発話。
(25)7X:你是我的哥们,对吧。 ←関係作り:親密(中No.1CXM1)
{あなたはわたしの親友でしょう}
(26)20X:【CY6pの名前】,你太好了//我就稀罕你这样的。 ←関係作り:ほめ+親密(中No.6 CXF6)
{【CY6pの名前】、あなたは本当にいい人//大好き、あなたみたいな人}
f.〈冗談〉 冗句を言って、その場の雰囲気を明るくする発話。
(27)31X:(笑い)你到时候不要怕我给你吃掉。
{録音の時、あなたを食べてしまうかもしれないよ} ←関係作り:冗談(中No.2CXF2)
22Y:好恐怖,我怕怕。 ←関係作り:冗談(中No.2 CY2p)
{恐怖だわ、こわー}
g.〈面子立て〉 相手の地位を明言する発話。
(28)6Y:什么时候都行。
{いつでもいいよ}
7Y:师哥嘛。 ←関係作り:面子立て(中No.36 CY1j)
{あなたがぼくの先輩だから}
13X:(笑い)哎,别这样别这样。
{やあ、そう言わないで}
h.〈否定〉 謙遜し、相手の感謝やほめなどを否定する発話。
(29)44X:ありがとう。
40Y:ううん。 ←関係作り:否定(日No.20 JY4s)
4.1.2.4 談話標識
本研究は、Schifrrin(1987)の定義に従い、「談話標識」という概念を発話機能の上位類型の一種として導入する。なお、本研究における談話標識は話の単位の境界を示す機能という視点から、談話の首尾一貫性に関わる一連の語句を談話標識として認める。今回の分析において、依頼談話の談話構成に関わる「談話標識」として「接続表現」「メタ言語的発話」「フィラー」を取り上げる。
上記のⅠ~Ⅲの類型に属する発話の対人機能指向に対して、談話標識の類型に属する表現は具体的な内容のやりとりを主な目的とせず、談話を円滑に進めるために用いられる。これらの表現は単独ではなく、ほとんど実質的な発話に付随して用いられるが、談話の構成に関わる機能を持っているため、このカテゴリーを設定した。
本研究では、日中両言語においてともに著しく用いられる「メタ言語的な発話」·「接続表現」·「フィラー」という3つの言語要素に注目し、談話標識という立場からこれらの言語要素の働きについて考察した。その際、ザトラウスキー(1993、1997)による〈談話表示〉という談話のやりとりの展開と関わる機能のほかに、〈話題表示〉という談話の「テーマの展開」(松尾2012:7)に関わる機能を設けた。
1)話題表示
話題表示は、談話における話題がどのように始まり、終了するかを示す言語要素の機能である。本研究で、この種の機能を持っている言語要素としては主に「メタ言語的発話」がある。
(30)1X:ちょっとお願いがあるんですけど(笑い)、 ←話題:A(日No.17 JXF1)
(31)1X:【CY2pの名前】,找你商量个事情。 ←話題:A(中No.2 CXF2)
{【CY2Pの名前】、あなたに相談したいことがある}
(32)17X:じゃあ、お願いします。 ←話題:C (日No.30 JXF16)
22Y: はーい。
2)談話表示
談話表示は、談話の展開、話し手と聞き手のやりとりの展開に関わる言語要素の機能である。本研究の依頼談話において、この種の機能を持つ言語要素として見られるのは「接続表現」、発話の冒頭に現れる一部の「フィラー」、および一部のメタ言語的発話である。本研究では、「談話表示」という機能の詳細な分類は佐久間(2002:168)による「接続表現の文脈展開機能」(本書の第2章における表2-3)に従う。
(33)1X:あのう、私今、日本語教育の友達にちょっと頼まれごとしてて、 ←談話:a1(日No.34 JXF1)
(34)6X:然后,想那个,让我帮忙,给,录段东西。 ←談話:b1(中No.20 CXM1)
{そして、わたしに録音することを、あの、手伝わせる}
(35)6X:我跟你讲,我有个朋友在日本。 ←談話:a1(中No.2CXF2)
{あなたには言って、日本に友達が一人いる}
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