1.日本側における研究
これまでに行われた詫び表現に関する研究について、熊谷(1993)の研究を参照して、次の4種類に分類し、主な研究結果を概観してみたい。
(1)抽象的な発話行為としての研究
この分野での研究は70年代から盛んになってきた。実際の事例の観察や分析ではなく、抽象化された行為自体の内容や性格が検討の対象となる。サール(1987)によれば、詫びという発話行為は報告、約束などと同様に、それらを支配している規則によって構成され、それを遂行するためには、それらを構成する必要な条件を満たさなければならないと提示している。西山(1983)、山梨(1986)、熊取谷(1988)、彭国躍(2003)などはその理論に基づき、詫びを支配する規則、いわゆる「詫びの適切性条件」を提示した。
山梨(1986)の詫びの適切性条件についての論述は以下のように示している。(xは話し手、yは聞き手、pは発話に内包される命題内容を示す)
①命題内容条件:p(命題内容)はx(話し手)による過去の行為。
②準備条件:xは自分の行為がy(聞き手)にマイナスであると信じている。
③誠実条件:xは自分の行為を悔いている。
④本質条件:xの自分の行為に対するその気持ちの表出。
熊取谷(1988)(1993)は日本語の慣用的詫び表現及び感謝表現が、具体的にどのように上記のような適切性条件と関係づけられるかについてを明らかにした。加えて、適切性条件だけでなく、発話媒介意図と談話行動の視点からの分析も必要であると指摘した。
(2)詫びに用いられる言語形式の研究
詫びは挨拶の一種とされ、出会いや別れの際に行われる挨拶と同様に、決まり文句的な定型表現がある。この視点からの研究は日本語教育の分野では多くなされてきた。その内容は主に詫びの定型表現が使われている場面を考察し、その定型表現が持つ他の意味·機能について分析するというものである。日本語の詫びの決まり文句には「すみません」「ごめんなさい」「申し訳ありません」などいくつかの定型を持っているが、これらの定型表現自体も研究対象となる。例えば柳田(1963)は、早い時期に「ありがとう」と「すみません」という2つの言葉に注目した。奥津他(1985)は日·朝·中·英の挨拶ことばの比較の中で、定型表現の比較を行った。岡本(2000)は会話における「失礼」の諸用法を、シナリオや自然談話の用例に基づいて分析した。
住田(1992)は、詫びの決まり文句「すみません」が、純粋な謝る場面以外では、どのような場合に用いられるのか(例えば人に呼びかける時など)といった方向で考察した。
また、小川(1993)は、「すみません」という表現が、単に詫びと感謝に使われるだけでなく、ディスコース·ユニットの基本的要素として、話の場づくり、話題づくり、さらに会話を円滑に進める機能を持っていると述べている。
(3)社会言語学的及び語用論的研究
詫びの言語表現については、定型表現研究にとどまらず、コミュニケーション行動として分析すべきである。社会言語学と語用論における詫び研究での主な関心事は、コミュニケーション行動において詫びがどのように行われているか、そういった行動は話し手や聞き手の関係·属性や場面などが違うことによって、どのように変化するか、といった点である。実際の言語行動を記述·分析の対象とするところが、発話行為理論の研究や定型表現の研究と指向性を異にしている。
三宅(1993)は、アンケート調査により、「すみません」をはじめとする詫び表現が「詫び」以外での使用法を考察した。その結果、日本人が詫び以外の場面でも詫び表現を多用することを明らかにした。またこの傾向は自分と関連があるが親密ではない目上の人物に対して顕著であることを指摘している。さらに、日本人の詫び表現の使い方が、相手の負担の量や話し手の利益の大小などの要因以上に、相手の種類や人間関係に強く影響を受けているとの解釈を示した。筆者は本研究の調査結果を分析する際に、人間の親疎関係をウチ·ソト·ヨソという三層で考える三宅の分類方法を、参考にした。
小川(1995)は上下、親疎などの社会的変数を基準として、20代から80代の日本語母語話者を対象にアンケート調査を行い、詫びと感謝の定型表現の使用実態を考察した。その結果、表現の選択は、話し手の世代ごと、また話し手と聞き手との上下、内外などの人間関係ごとに異なることが判明した。
(4)外国語との対照研究
先述したように、詫び表現は言葉やコミュニケーションをめぐる様々な分野で取り上げられている。また、熊谷(1993)が「対照研究によって明らかにされつつある文化·社会による謝罪行動の違いは、異文化間コミュニケーションを研究したり、また実生活の上で異なる文化を持つ人々と接触したりする上でも非常に重要な問題である」と指摘した。この分野での研究を見ると、池田理恵子(1993)の「謝罪の対照研究:日米対照研究―faceという視点からの一考察―」、堀江·インカピロム·リヤー(1993)の「詫びの対照研究―日タイ対照研究」、生越まり子(1993)の「謝罪の対照研究―日朝対照研究」などがある。
堀江·インカピロム·リヤー(1993)は日·タイの詫び表現とそれに関する意識を検討し、両国における謝罪表現の違いを、単純な言語と文型のみならず、その背景にある文化、習慣、価値観などを含め、その社会についても熟知する必要があると示唆した。また、日本とタイ両国の謝罪表現に対する使用範囲の差異が発現しそうな状況を設定し、比較·分析を行うことで、タイ人が感じる日本語の代表的謝罪表現である「すみません」などに関する認識と意識の差を明らかにした。
池田(1993)は、日米の詫びの仕方をストラテジーの使用頻度、使用ストラテジーの数·組み合わせの面から分析し、それぞれの文化社会におけるfaceという視点から考察した。それによると、日本人は単独で詫び表現を使うことが多いが、アメリカ人は詫び表現のみを使うことは少なく、場面に応じて、説明·弁明や補償の申し出、攻撃弱化と組み合わせて、使用するストラテジーの数を増やしていると指摘した。
また、秦(2002)は、詫びの言語表現を「定型表現」と「定型表現以外のストラテジー」に大別し、詫びという言語行動の日韓対照を行なった。秦は、日韓ともに「定型表現」の使用が多いという点では共通しているが、日本語では親疎·上下にかかわらず、常に「定型表現」が使用されている事に対し、韓国語では「定型表現以外のストラテジー」の使用あるいは兼用が多いことや、親しい関係の人に対して「定型表現以外のストラテジー」のみの使用が多くなる傾向が見られると指摘した。
2.中国側における研究
中国側における研究は、近年徐々に盛んになってきたと言える。その多くは中国語の詫び表現の使い方や中英の対照研究を中心としている。李娟(2006)《简析英汉道歉语的话语模式》、李燕(2006)《中美大学生道歉策略对比研究》、郝晓梅(2005)《对汉语道歉语“对不起”的语用分析》、李正娜、李文珠(2004)《析汉语道歉语的使用模式》等を挙げることができる。黄(2001)は詫びのストラテジーを「轻化自己的冒犯程度」、「承认自己的责任」、「说明理由」、「直接道歉」、「采用弥补手段」、「下保证」、「对冒犯者表示关心」の7種類に分け、中米における詫びの言語表現の違いを考察した。罗(2004)は詫びのストラテジーを「显性道歉」、「重述冒犯行为」、「承担责任」、「解释和说明理由」、「提出补偿或补救措施」、「请求原谅或惩罚」、「表示关切」、「承诺或保证」、「否认冒犯」、「回避道歉」、「表示惊叹或遗憾」、「减轻责任」の12種類に分け、中国語の詫び言語表現の特徴を研究した。
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